大連は日清戦争・日露戦争の舞台となったが、軍事拠点になったことがなく、商業都市・港湾都市として発展してきた。都市そのものも戦闘には似合わなかった。
日清戦争・日露戦争でも、無血入城であったし、第2次世界大戦における日本の無条件降伏後のソ連軍も大連に無血入城した。(当時満州各地では、日本軍とソ連軍の戦闘は続いていた。)
「青泥窪」(チンニーワ)と呼ばれた時代から、ロシア統治時代の「ダーリニー」を過て「大連」と呼ばれる時代をみるには、日清戦争・日露戦争を避けては通れない。
そこで「日清戦争」・「日露戦争」とは何だったのか?
その時、19世紀末の、世界の情勢は?、世界の列強は?
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1894年(明治27年)8月 〜 1895年(明治28年)3月 |
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1904年(明治37年)2月 〜 1905年(明治38年)9月 |
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